君に伝えること
「マリさんは今欲しい物ありますか?」
一課に報告に訪れた茉莉に、書類整理を終えて少し手を休めていた快が尋ねた。
……カイたんが欲しいです!今すぐに!!
思わず口に出るところだったが、その言葉を飲み込んだ。
聞いてくる仕草まで可愛いものだから思わず抱きしめたくなってしまう。
しかしそこで茉莉は悩んでしまった。他に思いつくことが無かったからだ。
……ここは女性らしく化粧品とか言うべきなのだろうか?もしくは服?
茉莉が黙り込んで悶々と考えている近くから、話を初めから聞いていた比企が口を挟んだ。
「女性が欲しい物と男性が欲しい物は全然違うよ、カイ君」
同性同士だったら異性にプレゼントを贈るより簡単なのではないか、というのだ。
さすが比企と言うべきか。なぜ快がこのような質問をしたのかも全部お見通しである。
比企が男性にプレゼントするのを知っているということに全く気づいていない快はあっさり納得した。
「…そうですよね!もうちょっと自分で考えてみます」
マリさんありがとうございました、と言いながら快は一課から飛び出した。
引き止めるような間もなく快が行ってしまったことに、茉莉はショックを受けていた。
自分にくれるのかもしれないとほんの少し期待していたのは誰から見ても一目瞭然だった。
◇ ◇ ◇
「プレゼント…プレゼント…」
寒い街中をぶつぶつと呟きながら快は歩いていた。
もう少し自分で考えてみる、と言ったのはいいのだがすでに行き詰っている。
自分だって何も考えていなかったわけではない。
あれこれ悩みに悩んで、結局茉莉に聞いてみたのだが、結局良い案は思い浮かばなかった。
「……だいたいハルが欲しいものってなんなんだろう…」
ずっと一緒に仕事をしてきたが、相棒の好みすら知らない自分に嫌気がさした。
春は自分のことをほとんど語らない。
たとえ傷が疼いていても、いなくなった家族のことも、つらいばかりの雨の日さえ。
全部本人からではなくて、他人から聞いた。
どんな形であれズカズカと領域に踏み込んでくる快には尚更言わないのかもしれない。
それが、快には寂しかった。
…快自身も、きっと春も、失うことを恐れているのだ。
「そうだケーキも!…ってハルは甘い物嫌いだし…」
やっぱりお祝い事にはケーキ…と簡単にはいかない。
あれだけ一緒に行動をしているというのに春の好きな食べ物すら知らない。
ただ甘い物が嫌いだということを知っているだけというのが悲しかった。
「…いや、最近は甘すぎないのもあるし…」
どうにかしてケーキを用意したかった。少しでも暖かい気持ちになってもらいたいからだ。
春にこれ以上独りで過ごす誕生日なんて送って欲しくなかった。
幼い頃は家族で祝い、笑顔で迎えていた日を忘れてしまうのはとても寂しかった。
―馬鹿かお前は。…たかが他人の誕生日だろうが。
春はきっとそう言うだろう。でも、快にとっては大切な日だった。
しかしもう限界だ。完全なる行き止まりだ。
ケーキのことばかり考えていたらプレゼントを考えていたはずなのに横にそれてしまった。
もてなしも大事なのだが、今考えるべきはプレゼントである。
最終手段。やはり彼に相談するしかない。
「比企部長ぉぉぉぉ〜……」
周囲からは「敵に回したくない」「サンタじゃなくてサタン」と言われているが、
快が助けを求めれば適切な意見で相談にのってくれるのが比企だった。
「やっぱりプレゼントが決められなかったのかい?」
「…おっしゃる通りです…」
カイ君らしいよ、と比企は言った。
自分のことに無頓着なのだが、相手のことを考えすぎていつの間にか空回る。
それが快の良さであり、最大の魅力だ。
特にその相手というのが彼というのが実に快らしいと思っていた。
「僕はカイ君が一生懸命考えたプレゼントならハル君もきっと喜ぶと思うよ」
快は驚いた表情を浮かべていた。そして少し顔を赤らめて聞く。
「…なんでハルにあげるってわかったんですか?!!」
「だって明日はハル君の誕生日でしょう?」
クリスマスにはまだちょっと早い今頃に快が悩んでいるのはそれくらいしか思い浮かばない。
そのうえ、快が春の誕生日を祝わない訳が無い。
「だったら話が早いです!…俺、ハルの欲しい物とか全然わかんなくて」
どうしようかとずっと悩んでたんです、と快は続けようとしたのだが比企の言葉に遮られた。
「それでいいんだよ」
快は比企の言葉に疑問符を浮かべた。欲しかった物が貰えるのが一番嬉しいではないのだろうか。
「カイ君がハル君にどんな気持ちを伝えたいのか、よく考えてごらん」
「俺がハルにどんな気持ちを伝えたいか…ですか?」
先ほど言った比企の言葉を繰り返す。
わかりやすくもあり、わかりにくくもあるアドバイスに快は戸惑った。
「人が他人に対する気持ちには沢山の種類があるでしょう?
その中からカイ君がハル君に対して思っている気持ちを考えてみるといい」
「俺の…気持ち…」
快がその場で考え始める。
しばしの沈黙の後、快は結果を出したらしく、比企に礼を言って出て行った。
もちろん、欲しかった物が手に入れば嬉しいのかもしれない。
でもそれは気持ちがこもっているのがわかっているから嬉しいのだ。
その人に喜んでもらいたい、笑って欲しい、という気持ちが。
「微笑ましいよねぇ…2人とも」
誰も聞いていないのだが、比企はそう呟いたのだった。
次の日。
快は朝からソワソワしていた。
昨日は比企の助言に励まされ、すぐにプレゼントを買いに行った。
そして当日である今日は春との仕事であるため、用意した物を渡す機会はたくさんあるのだが…。
…タイミングがつかめない。
話を切り出そうとすれば春は仕事をしているし、焦っていても自分にも仕事がある。
折角あれこれ考えて用意したのだ。今日渡さないと意味が無い。
快は覚悟を決めて春に話しかけた。
「ハルっ!」
「…なんだよ」
春は少々不機嫌気味に返事をした。
快が今日落ち着いていないことに気づいていたため、イラついていたのだ。
仕事に集中できないということはないが、気にならないと言えば嘘になる。
そもそも、このままだと快が仕事にミスを招きかねない。
「お、お誕生日、おめでとう!」
快は春の目の前に用意していた箱を突き出した。
きれいに包装された箱を渡す快はやはり恥ずかしいらしく、少し顔が赤かった。
「…………」
「えっと…ハル?」
箱を受け取らずに黙っている春を見て不安になる。やはりいらなかったのか、と。
せめて自分の気持ちは伝えようと快は話し出した。
「春は今まで1人で誕生日迎えてたかもしれないけど、俺にとっても大事な日だから
だから…これからは俺がハルの誕生日をお祝いしたくて、…えっと…」
何を言っているのかよくわかってないくらい混乱しているようだ。
自分が思っていることを全て口にしてもそれは全部相手に伝わるわけではない。
今の快の言葉は文章がまとまっていないのだからなおさら。
春が生まれてきたこと、春と出会えたことを自分は喜んでいる。
それだけは、伝わって欲しくて。
いつも人の目を見て話す快も春の目を見るのが怖くて俯いていた。
目の前に突き出されていたはずのプレゼントもいつの間にか下げられていた。
「……おい、そこの役立たず」
呆れ顔で春が快を呼んだ。快も予想外の呼びかけに反射的に返事をした。
「もしかしなくてもコレの所為でずっと落ち着きが無かったのか?」
「……え?!俺そんなに落ち着きが無かった?」
無自覚にもほどがある。春は自分がイライラしていたことが馬鹿らしくなった。
落ち着きのなさの原因がこんなことだったなんて思いもしなかった。
自分も快ももう大人だ。仕事で誕生日ことなんて考えない日が続くと思っていた。
しかしこの世話のかかる相棒にはそんなことは全く無かったようだ。
そして春は快にもわかるくらいのため息をつきながらも快に手を差し出した。
「ほら」
差し出された手の意味がわからずに快は不思議そうな顔をした。
「その箱の中身は俺に買ってきたんだろう?寄越せ」
仕方が無いからもらってやる、と春は偉そうに言った。
その言葉を聞くと快は笑顔を浮かべ、春に手渡した。
その後、たまに春の腕に真新しい時計が時を刻んでいるのを見つけるたびに快は微笑んでいた。
笑っているのがバレると春に怒られてしまうのだが、喜びを隠すことができなかったのだ。
自分が贈ったものを身に着けてくれていることがとても嬉しかった。
いつも冷たく突き放すような態度の中にある春の優しさを、快は感じていた。
だからこそ、これからも一緒にいたいと思ったのだった。
以前ブログに掲載した物を加筆修正しました。
ずっと同じ時を一緒に過ごして欲しい、という願いをこめて
快は時計を春に贈ったんですが、何かプロポーズのようですね。(09.3.13)
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