暗闇に巻き込まれて、君が不安になっていても

ずっと俺が側にいて君を守るよ。










snow flake−君を見つけた−










もう雪が地面をうっすらと覆うようなころ。

大切な人を探していた青年は急に立ち止まった。
立ち止まったのは、ごく普通の郊外にある公園だった。
降り始めてから時間がたったことを知らせるようにブランコも滑り台も雪で覆われていた。
青年が見つめる先には少女が1人でたたずんでいた。
少女は、雪が降っているのにかかわらず温かい格好をしているとは言えない姿だった。
その子はずっと青年が探していた亜麻色の髪の少女だった。


……やっと見つけた。


「キラ…」

そう言いながら青年は少女に近づいた。キラと呼ばれた少女はその声に気づきゆっくりと振り向いた。
振り向き際にキラの肩まである癖のない髪が揺れた。
振り向いたキラを見て、青年は驚いた。涙をためた潤んだ瞳が青年を迎えたのだ。

「あ、アスラン。おかえりなさい」

キラは無理をして笑っていた。自分が泣いていたことを隠すために。
家に帰ってきたときと同じようにおかえりなさい、と。

青年…アスランは涙の跡に気づいていたのだが、気づいていないふりをした。

「お前な…。俺がどれだけ探したと思ってるんだ?」

家にいないから心配した、アスランはため息混じりに呟いた。

「ははは…。ごめん。」

笑ってごまかそうとしたキラの表情は今にも涙があふれそうだった。
アスランはその表情に複雑な気持ちになった。

キラはいつもキラ自身がが無茶をしていることにも気づかない。
つらいことがあっても笑う。自分の気持ちを押し殺すのだ。

アスランは、キラが今思っている気持ちを知りたかった。幼い頃はいつでも一緒だったのだ。
たとえ数年離れた年月を送っていたとしても、誰よりもキラを知っている自信があった。
その彼女が、今、無理をして自分に微笑みかける。それがつらかった。
自分が未だに知らないキラがいるのが、悔しかった。

「キラ、笑ってごまかそうったってそうはいかないんだからな。」

そう言いながらアスランはキラを抱きしめた。
自分のもとから離れないように…強く。

「ちょ…ちょっとアスラン!!」

キラは驚いてアスランの腕の中から抜け出そうとした。
だが、女のキラが男のアスランの力に勝てるわけもなかった。

「離してよ!アスラン!!」
「離さない」

キラが逃れようとするたびにアスランがキラを抱きしめる力は強くなった。
そのことに気づいたキラはもがくのを諦め、大人しくなった。
抱きしめられているから実際はわからないのだが、アスランが悲しんでいることを悟ったのだ。

「苦しいよ、アスラン。…なにかあったの?」

アスランを気遣う言葉をかけるキラ。
さっき泣いていたのは今自分の腕の中にいるキラだというのに。
意を決してアスランはキラに問いかけた。

「キラ…泣いて…たの…?」
「!!」

キラは驚いていた。
抱きしめているままではキラの表情がわからないため、アスランは力を緩め、キラと向き合うようにした。

『どうしてわかったの?』

口に出して言わなかったが、キラはそう言いたそうな顔をしていた。

「そうなんだな?」
「な、なに言ってるの?アスラン。泣いてなんかないよ」

キラが動揺しているのが手に取るように分かる。無理な笑顔が図星なのだと知らせているだとキラは知らない。
紫色の宝石のような瞳は今にも涙が溢れ出しそうなのに、キラは隠そうとする。

アスランはキラを悲しくさせるものがどうしても知りたかった。
今まで苦しい思いをしてきたキラをこれ以上泣かせたくはなかった。

「どうして泣いてたの?」

泣いてなんていない、と答えるキラにアスランはわざと怒った口ぶりでキラの名前を呼んだ。
キラはすぐ強がるから無理矢理にでもしないと答えてはくれない。
だからこのようなことをしなくてはならなかった。わかっていて仕方なく利用するのだ。
キラは、アスランの困った表情や怒った表情が苦手なのを。

キラは少し唸ったが、俯きながらも話しはじめた。
アスランの顔を見ながら話すことはできなかったのだ。

「アスランは、雪…好き…?」

キラは悲しげな表情で聞いた。アスランにとっては唐突な質問だった。
今まで雪についてそんなことは深く考えたことなどなかった。
雪はただ降り積もり、そしてそれがなくなるころには春を連れてくる、それだけだった。

アスランはすぐには答えることができなかった。

「じゃあ、キラはどっちなんだ?」
「僕…?僕はね、雪が嫌いなんだ」

白いから…僕には綺麗すぎる、キラは自分の手のひらを見つめながら寂しげにそう言った。

「キラ…?」

キラは、心配そうに自分の名前を呼んだアスランからの視線から避けるように話し始めた。
こらえていた涙が流れてしまうのを隠したかったのだ。

「僕の手はこんなにも赤く染まっているのに、降ってくる雪は白いから…僕には似合わないよ。」

思い出すのは苦しかった『戦い』
お互いに刃を交えた『あの時』
協力し合って戦った『願い』

「キラ…」

アスランは、目の前で俯いたままの少女を見て不甲斐なさを感じた。

何故キラがこんなにも苦しまなければならないのだろう。
キラは平和のために戦った。対立していた自分と…味方などいない孤独の中で。
やっと戻ってきた平穏な日々。そんな中でキラを苦しめているものは一体何なのだろう。

そしてふと、アスランは、キラの質問の答えを見つけたのだ。

「キラ。俺は、雪好きだな」

切なさを感じながらも、やや驚いた表情でキラはアスランを見つめた。
アスランが続ける言葉を聞き逃すことが無いように。

「夜暗くなっても雪明りでキラをすぐ見つけられるから。」

どういう意味?と不思議そうに自分を見てくるキラの頭をアスランは安心させるようになでた。

「暗くなっても雪明りは白く光ってキラの居場所を照らしてくれる。
 だから、すぐキラを見つけられる。」

雪明りに照らされるキラはきっと綺麗だ、とアスランは続けた。
キラは唖然としていた。

「アスラン…その…すごく恥ずかしいんだけど…。」

キラは自分の顔が赤くなっているのをかくすために俯いた。
どこにいたってアスランに見つかっちゃうじゃないか、と小さく呟いた。
キラが逃げるつもりが無いことを知っていながらもその可愛らしい発言にアスランは微笑んだ。

「それにさ…。」

アスランはキラの手を取った。

「明るいとキラを見失わないですむ。…ずっとキラを見つめていられる」

そう言ってアスランはキラの手にキスをした。
手からも唇からもキラの手の冷たさが感じられた。

「だから恥ずかしいんだってば!よくそんなこと言えるよね!」
「キラにだけだよ?」

そう言うとキラはさらに赤くなった。
アスランにとって、家で待っていて欲しいのも、抱きしめたいのも、キスしたいのも、キラだけ。

「それにさ、キラの手が赤いのは仕方がないよ。こんなに手が冷たいんだから。
 でも、こうしていれば暖かくなるだろ?」

アスランはキラの手を自分の両手で包みこんだ。

キラの手が赤く染まってしまったなら、アスランだってそうだ。
人を殺める覚悟をして軍に入り、あらゆるミッションを成功させてきた。
ただ、キラはアスランがキラより悪い例だと言うのを嫌うだろう。
その心の優しさはずっと変わらない。汚れることはないのだ。

「…うん。そうだね」

キラも微笑んでいた。

過去を覆すことも、忘れることも出来ないけれど、確かに残ったものがある。
悲しい出来事がもう二度と繰り返されないためにまた歩き出す。

「キラ、早く帰ろう。風邪ひくぞ」

アスランは巻いていたマフラーをはずしてキラの首に巻きつけた。
自分は仕事帰りだから多少寒さをしのげるものの、キラは寒いのを我慢しているように見えた。

「大丈夫だよ。でも、風邪ひいたらアスランが看病してくれる?」

キラはアスランを下から覗き込んで言った。アスランはキラの可愛らしい仕草に笑顔で答えた。

「当たり前だろ。キラがいやだって言ってもするよ」
「僕もちゃんとアスランが風邪ひいちゃったら看病するからね!」

アスランは立ち直ったキラの仕草や言動にやられっぱなしだった。
他人からは過保護と言われるまでの溺愛ぶりなのだ。
先ほどまでキラが落ち込んでいたから落ち着いていたものの、今は理性との戦いである。

「じゃあ早速今日から看病してもらわなきゃだな」
「え?」

アスランの具合が悪いのかとキラは驚いた。アスランは心配そうな顔をするキラに耳元で囁いた。

「ベッドの上で…ね」
「…っ!!アスランのバカっ!!」

どこも具合悪くなんてないんじゃないか、とキラは顔を真っ赤にして悪態をつくのだった。


















記念すべき1作目。キラが自分の手を見て悲しむのが書きたかったので書いた作品です。
自分の中で思い入れがあって消せずに後編は結構書き直しました。(05.12.23/09.02.17改訂)



ブラウザバックプリーズ