ことの起こりは2月13日。場所は快の自宅にて。

「かーいー!」

女子高生のようなテンションの明るい声が、リビングでくつろいでいる快の名前を呼んだ。
ずっと共に生活をしてきた快には少々嫌な予感を感じさせる明るさだ。
陽気に自分の名前を呼んだ声は……母のものなのだから。
しかしここで返事をしなければ、何をするかはわからないが強制的に連行されてしまうに違いない。
快はいつものように返事をすると、キッチンにいた母が顔を出した。

「今年もいつもお世話になってる春君にあげるでしょう?」

家族には、仕事の相棒が“倉林春”という名前の人物であることは話してある。とても世話になっているとも。
しかし、「あげる」と言っても何をあげるのか快には全くわからなかったので、正直に母に問いかけた。

「何言ってるの。バレンタインに決まってるじゃない」
「えぇぇ!?だ、だって俺男だし…」
「別に最近『逆チョコ』っていうの流行ってるみたいよ。良かったわね!」

何が良いのかさっぱりわからないのだが、ここで聞き返せば何を言われるかわからない。
小さな抵抗はあっさりと返されてしまったのだが、快は負けじと続けた。

「そ、それにハルは甘いもの嫌いだし…」
「去年はミルクチョコレートを少し混ぜちゃったけど、今年はビターチョコだけで作ればいいのよ!」

母は快の抵抗をことごとく撥ね退ける。
しかも用意周到と言うべきなのか、もう材料もそろえてあるようだ。ビターチョコレートも多めに用意したらしい。

昨年の手作りチョコレートを春に渡すのでさえ本当は恥ずかしかったのだ。それなのに、いろいろあって結局少ししか食べてもらえなかった。
正直、食べてくれるとは思っていなかったので食べてくれたとき嬉しかった。振り返ってみると特に不満も無かったのだが。
しかし今年も春が食べてくれるかなんてわからない。

結局快は母に勝てるわけもなく、今年も用意に取り掛かった。
作るからにはきちんとしたものを作りたい。彼への沢山の想いがあるのだから。
躊躇いながらも内心は春に渡したかったのだ、と自分の気持ちを認めたのはチョコレートを完成させてからだった。




そして2月14日。世間はバレンタインデーだというのに、裏ではチョコレート以外のものも受け渡しされているようだ。
今日は朝からガサ入れがあり、もちろん快も春も現場に来ていた。
ガサ入れ自体はあっさりと終わったので、その後の処理が他の麻取によって進んでいく。
そこまでの人手はいらないだろうと、春と快の2人は現場から離れた場所にとめた車の中にいた。

2人きりになれる時間があるとは思っていなかった快は、ずっと彼にいつ渡そうかとずっと悩んでいた。
しかし今は、2人きりの車内。春は運転席でいつものようにタバコを吸っている。チョコレートを渡すなら今しかない。
助手席にいる快は黙ったまま春の目の前にキレイに包装したそれを突き出した。もちろん春はいきなり出てきた何かに少々不機嫌になる。
不機嫌であることを隠すことも無く突き出された物について聞いてくる。春のことだ、日付からある程度わかっているのだろう。
快はチョコレートであることを伝えると、春は予想通りだったのか大きなため息をついた。

「ほ、ほら!最近…あの…逆チョコ、っていうの…流行ってるし、さ…」

快は恥ずかしさもあってか、ぎこちなく言った。
春を納得させるには苦しい理由だったが、チョコレートを渡すだけで焦っている快にはそうとしか言い訳ができない。
聞こえてしまったため息から、今年はきっと貰ってはくれないのだ、と目が熱くなる。
ここで泣いてしまえば春が面倒に思ってしまうだろうと、快は少しだけ俯いて春の視線から逃げた。

しかし、春はチョコレートをつき返す事も無くタバコを灰皿に押し付け、黙って目の前のチョコレートを受け取りその場で広げ始めた。
包装が解かれ、姿を現した箱を開ける。そこには、トリュフがいくつか収められていた。

「ふぅん…逆チョコ…ねぇ…」

何か考えながら春はトリュフを口に含んだ。
成り行きとはいえ、自分が心を込めて作ったのだ。甘さはあまりないが、母からのお墨付きも出たので味は問題ないだろう。
…でも渡した本人からの感想が無いとやはり不安になる。

「ハル…おいし……んぅ!」

運転席に向けて快が言葉を言い終える前に、快は頬に春の手を感じ、すぐ後に春の唇が快のそれを塞いだ。
さきほど春が食べていたチョコレートの香りが身近で感じられる。

「んっ…ふ…んん…」

いきなりの口づけに驚いた快が春に少しだけ抵抗しようと口をあけたとき、チョコレートの香りだけでなく苦味が快の口に広がった。
正真正銘、快が自分で作ったチョコレートだ。快にとっては苦いだけで全然甘くないチョコレート。いくつか自分でも味見をしたのでよくわかる。
春は自分から快の口内に移した少し小さく溶けたチョコレートを溶けてなくなるまで味わい、快の口内を犯す。
完全にチョコレートが溶けてから唇を離すと、目の前には顔を赤らめてる快がいた。少し苦しかったのか、息もあがっている。

「ちっ…やっぱ甘ぇな………でも、今年のは嫌いじゃない」
「え…?」

春の言葉の意味をすぐに理解することができなかった快の唇に、今度はチョコレート無しのキスが落とされた。
そして次に先ほどからのキスで溶けきった表情の快の耳元で春が囁く。

「もっと欲しいだろ?…カイ」
「…ん…なん…で…」

何故自分の渡したチョコを自分が食べなければならないのか、と聞きたくても言葉が出てこない。
すると春は少し企んでいるような笑みを見せ、快の問いに答えた。


「…今年は“逆チョコが流行り”なんだろう?」
だから俺もチョコやるよ。


その行為は、快の渡したチョコレートが無くなるまで続けられた。
車内なので座っていたから良いものの、快は腰が抜けて力が入らない。
勤務時間だというのに快の体中の熱を抜くのには少々時間がかかるようだ。
自分で仕掛けておいてなんだが、快が落ち着くまで待とうと春はまた運転席でタバコに火をつけた。

この日に望まずとも春に届けられてしまったチョコレートは同じように快と堪能されたのは2人しか知らない秘密である。









君で、溶ける。





バレンタインSSでしたー。偽者になってないことを願う。
「口移し」と「逆チョコ」が今回のテーマです。春はちょっと楽してますけど…ね…。
春は快のためとはいえチョコ買わない気がします。飴とかなら買いそうなんだけどなぁ。(10.02.15)



ブラウザバックプリーズ