俺にとっては何てことはない、いつも通りの日常だった。
ただ今日が2月14日という女性がお菓子会社の売り上げに貢献している日なだけ。
今でも社内や作家から貰う事もあるが、貰うのもお返しをするのもお互いに社交辞令というものだ。

俺が欲しいのはアイツからの物だけだし。

俺がそんなことを考えているなんて思いもしないだろう小野寺は、作家や作品の登場人物宛に届いたチョコレートの仕分けをしている。
周期的にもまだ忙しいというわけでもないし、チョコレートは食品だ。早く本人に手渡して管理責任から逃れたい。
本当は仕分けのアルバイトでもいればいいんだろうが、都合よく来るわけでもないし新人の仕事にした。もちろん俺が。
俺が自分の席からせっせと分けている小野寺を見ていると、隣の席の木佐が小野寺に話しかけた。

「女の人は大変だよねー。いろんな人にチョコ渡さないといけないし」
「女性が大変なのは日本や韓国くらいですよ。」

木佐のやさぐれた発言に小野寺はやや苦笑気味に答えた。俺にはいつもガンとばしてきてそんな顔すら俺には向けないのに。
そんなちょっとの態度の差ですら嫉妬を覚える。しかしこれはいつものことだ。

「へぇー、そうなの?」
「はい、アメリカでは男性から女性に花やプレゼントするのが一般的なんですよ。ヨーロッパではお互いがプレゼントを贈りあうんだとか」

へぇ、と俺も感心した。海外のバレンタイン事情なんてよく知ってるなアイツ。理由はどうあれ留学してたんだし当然か。
アイツの過去まで気にしても意味がないということはわかっているが、それでも気にせずにはいられない。
…ならお前がプレゼントを渡した相手はいたのか、と問いただしたいのをぐっと堪えた。

木佐だけでなく過去にまで嫉妬し始めてムカついてきたので、俺は二人の会話を打ち切らせる。

「しゃべってないで仕事しろ仕事。特に小野寺!」
「なんで俺だけ名指しなんですか!木佐さんも話してたのに!」
「んな簡単な仕事まだ終わんねぇのかよ。遅いんだよ」
「それはすみませんでしたねぇ!もう終わります!」


そんなやり取りの後も坦々と仕事をこなした。やはり何てことはない、いつも通りの日常だ。
今編集部には俺と小野寺だけ。他の奴らはいつもより少し嬉しそうな顔をして早々に帰った。恋人とでも会うんだろう。
小野寺は相変わらず企画書とにらめっこ中。それでも二人きりという空間は俺にとって嬉しい出来事だ。
本当なら今すぐアイツに近づいて腰が抜けるまでキスしてそのまま言いくるめてうちに連れ込みたいところなんだが。
でも、うちに呼ぶのは今日の仕事が終わってからにする。

「俺、このまま作家のところに寄ってから直帰するから。お疲れ」

帰り支度をしてから席を立つ。そのまま小野寺の後ろを通り過ぎるわけもなく、小野寺の頭を一撫でする。
止めてください、と上目遣いで怒ってくると思いきや小野寺は耳まで真っ赤にして俺を呼び止めた。

「あっあの…!た、高野さん」
「何?」

十年前を思い出させるような態度の小野寺の可愛らしい態度に一瞬期待してしまう。

「えっと…あの…こっこれ、あげます」

小野寺が差し出したのは綺麗にラッピングされた手のひらくらいの大きさの箱だった。

「何これチョコレート?」
「ち、違いますよ!勘違いしないでください!ひ、日頃お世話になっているので…それだけです!」

本当にチョコレートじゃありませんからね!、と念を押されたのでハイハイと返す。
小野寺が俺のことを思って選んでくれたということが重要なわけで、中身が何かなんてその次だ。
店頭で恥ずかしそうにラッピングを頼んでいる小野寺を想像しただけで笑顔がこぼれた。

「っ…!早く作家さんの所行ってください!お疲れ様でした!」

俺からの視線に耐えられなかったのか、小野寺は俺を視界追い出すようにパソコンに向かい始めた。
じゃあまた帰ってからな、と言い残して俺は編集部を後にした。
それ、どういう意味ですか!?と俺を呼ぶ声がした気がするがきっと気のせいだ。



作家の所に行って用事を済ませ、家に帰ってから小野寺から受け取った包みを開いた。
取り出してみると、中身は一輪のバラだった。一見ピンク色を思わせるが、よく見ると淡い茶色のバラだ。
開け口のないケースの中に綺麗に飾られているし、ブリザーブドフラワーっていうヤツなんだろう。
小野寺のことだからおそらくこのバラの品種にも意味があるのではないかと思ったが、あいにく花に詳しくはないためわからない。
ちまちま調べるよりも直接本人から聞いたほうが早い、と思い早速メールで呼び出す。

『緊急事態。今すぐうちに来い』

もちろん上司命令と付け足す。こんなメールを送ったってすぐに来ることはないだろう。
アイツのことだから悶々と言い訳を考えてからに決まってる。
少し遅れたとしてもちゃんと来るから、すげぇ可愛いと思う。

手の中にある花を眺めていると、ふと今日の小野寺と木佐の会話を思い出した。
バレンタイン、そして花…。

「…そういうことか」

花の意図に納得して思わず呟いた。
自分で墓穴掘ったようなもんだな、と思いながらも目の前にあるこの花に込められた想いが嬉しくて。
アイツが来るのが待っていられなくなって迷わず玄関に向かった。
ドアの目の前まで来たところでタイミングよくチャイムの音が鳴る。
俺はすぐにドアを開けて、家の前で顔を真っ赤にして立っていた律を引き入れた。

「ちょっと、何するんですか…たか…んぅっ」

文句を言おうとした律を抱きしめて、そのままその口をふさぐ。
ただこの腕の中のぬくもりを逃がさないように、右手でアイツの頬を捕らえて口内を犯す。

「んっ…やめっ…たかの、さ…ぁ」

律は立っていられなくなったようで俺に寄りかかってきた。漏れてきた吐息もぎゅっと俺の腕をつかんできた手も愛しい。
俺を睨んで悪態をついてきたが、真っ赤な顔して潤んだ瞳を向けられても煽るだけだってことを全然わかってない。
そのまま律をベッドまで連れて行って押し倒した。そのまま食ってしまいたかったけどなんとか理性を保つ。
暴れないようにまた抱きしめて、律の耳元で囁いた。

「なぁ。あのバラ、なんて名前なの?」

聞いたとたん律の体がビクッと動く。動揺を隠そうとしているがバレバレだ。

「じ、自分で調べればいいじゃないですか…」

ベッドの上で逃げ場のない律は俺と目を合わせないように視線を逸らす。もちろんこれは予想済み。
だから追い討ちをかける。

「律、教えて?」
「ゃ、ぁ…」

出来るだけ優しい声で囁いて、そのまま耳を甘がむ。
そうすると律が十年前のように素直になることを知っているから。
わざと水音をならすように耳を舐めるたびに甘い声があがった。

「…ット、チョコ…ト…」
「は?」

「…だから、…あの…『ホットチョコレート』っていう名前なんです…」

言っていて元々恥ずかしかったのがより恥ずかしくなってきたらしく、どんどんと小声になっていく声。
…コイツ、普通にチョコレート渡すよりもすげぇ告白してると思うだけどわかってんのかな。

素直にチョコレートは渡せないから、俺が知らないと思って海外のバレンタインのように花を贈って。
それでもチョコレートを渡したくて、食品ではなく花のチョコレート。

「……」
「…なんですか」

俺が何も言ってこないから気まずくなった律がやっぱり涙目で睨みつけてくる。
穴があったら入りたい、っていう心境なんだろう。

「やっぱ俺、愛されてんなぁと思って」
「なっ…!ちがっ、だから…」

日頃の感謝の気持ち、なんだろう?
それに、昼間のあんな雑談を俺が覚えてるはず無いとか思ってんだろうなコイツ。そういう所も可愛いから言わない。
つーか言ったらコイツ帰ろうとするだろうな。…帰ろうとしても帰らせねぇけど。

「嬉しかった」
「……っ…!」
「ありがとな、律」


だから今は、俺にお前を堪能させて?


むしろこんな状態で今まで我慢してた俺を褒めて欲しいくらいだ。
そして俺は律の服に手をかけた。
今日はいつもよりも、抑えられそうにない。








まだ散ることはなく










「なんか高野さん今日機嫌いいね。もしかして…昨日何かあったとか!」
「あぁ、まぁな」
「えー!何それちょー気になる!」
「別に?ただすげー好きな奴からチョコレート貰っただけ」
「え、ぇええ?!た、高野さんそれについて詳しく!」

そんな俺と木佐との会話を小野寺が顔を赤らめて明らかに動揺していたことを俺は知っている。





ホットチョコレートというバラの種類があるということでこんなお話にしました。ブリザーブドフラワーがあるのかはわかりません。
高野さんは変態ではなくムッツリらしいので文章多めにしてムッツリっぽさを出してみました。気持ち悪いほどにムッツリです…ね…。
高野さん視点は書くの難しいということがよくわかりました。今度は律っちゃん視点に挑戦したい。(12.02.14)




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